私の人生回顧録統一教会編

 幼稚園での音楽発表会も無事に終わって、息子も次男も2学期の終業式を迎えて、冬休みに入った2006年の年末。私はまだ仕事があるので、子供たちを家に残しつつ、仕事に行っていた私です。子供たちが冬休みに入ったということは、当然家にいる時間も長くなるわけで、元嫁と一緒に過ごす時間も長くなります。子供たち、特に次男は、私が仕事を終えて帰宅すると、一日の様子をつぶさに話をしてくれるので、どのようにして過ごしたのか、手に取るようにわかるんですが、次男が一番気にしていたのが、兄と元嫁との関係でした。「今日ねぇ、兄ちゃんがねぇ、お母さんにぶち怒られよったよ」とか話してくれてました。私が元嫁に息子を起こった理由を聞くと、「私の言う事を全く聞かんのんじゃもん」とか「言う事を聞かんから頭に来た。だから背中を思いっきり蹴ってやった」「腹を思いっきり殴ってやった」などと話していました。そしてさらに詳しく話を聞いてみると、「やってはいけないことをやった(例えば、次男が遊んでいるものを取り上げたとか、次男を叩いたとか、子供同士の諍いなど)。」ということが主な理由でした。息子はなぜ怒られているのか、全く理解できていないようで、息子から見れば、ただ殴るけるの暴力を受けているとしか思ってなかったでしょう。ほかにも、元嫁の意にそぐわないことをしたというのもあります。わたしが「息子はなぜ怒られているのか、理解するのが難しいっていうのは、発達支援センターのスタッフの人も言ってたじゃろうが。順序立てて説明してやらずに、いきなり暴力かよ。それじゃぁ虐待じゃねーか」というと、またいつもの屁理屈「あんたが面倒を見てやれば?私だけが親じゃないんじゃからね。」という言葉。もういい加減この言葉は聞き飽きていて、辟易していたので、「また始まった。」馬鹿につける薬はねーからほっておこう」ということで、ますます私と元嫁の間に生じた亀裂は深まっていくばかり。こういう悪循環に陥っていました。それともう一つ元嫁が子供たち(特に息子)に対して怒りを爆発させている原因になっていたのが、統一教会に行けないということでした。というのも、次男が元嫁が何をしていたか、私に逐一話をしてくれていたので、次男の目がある手前、統一教会の方に行けなくなっていたのでした。時には、子供たちだけ家に残して、元嫁が出かけるということもあったんですが、そのことを元嫁に問いただしても「買い物に行ってただけ」「友達と会ってただけ」などというので、元嫁の言うことが信用できなくなっていた私は、元嫁の車に取り付けられていた、カーナビの走行軌跡を確認すると、車のエンジンが切られたところを示す、赤いビーコンが統一教会防府支部の建物のある所や、統一教会の関連ショップであるハピネスのある所についており、元嫁を厳しく追及すると、統一教会に行ってたことを認めることもありました。私は「子供を家に残して出かけることは絶対に許さん」そう告げて、それ以来子供を家に残して元嫁だけが出かけることが難しくなって、次に元嫁がとった行動が「子供にうそをつかせる」ということでした。子供たちを連れて行っても、うそをつけばバレないと思ったんでしょうけど、子供たちが嘘をつきとおせるわけもなく、仮に子供たちが嘘をついていても、カーナビの走行軌跡から、元嫁がどこに行ったのか、一目でわかるように私が設定変更をしていることに全く気付いていない元嫁でした。