sakura542gouのブログ

日々思うこと色々書いてます。今年は空と結婚し、新たな生活が始まりました。

火垂るの墓を観て。

高畑監督が亡くなられて、高畑監督を追悼する意味も込めて、金曜日に高畑監督が監督と脚本を書かれた名作「火垂るの墓」が放送され、今日改めて観てみました。
この映画は主人公の14歳の清太と、4歳の妹節子が辿った悲劇的な運命を描いた作品でした。
物語りは太平洋戦争末期の昭和20年の神戸が舞台で、大規模な空襲で二人の兄妹の母は全身に大火傷を負って、息を引き取り、焼け出された二人は叔母の家に疎開するも、次第に居場所がなくなり、家を出て二人で生きていくことにしますが、次第に戦況も食料事情も悪化し、やがて痩せ細った節子は栄養失調により亡くなり、たった一人生き残った清太も戦後の混乱のなか、ひっそりと息を引き取るという物語ですが、改めて思ったのが、この戦争で一体どれだけの人が命を落とし、傷ついたのか。また、空襲をする方も、爆弾を投下すれば多くの人命が失われるということは解っていて、それでも爆撃をしなければならないというのは、どの様な思いを抱いていたのだろうということです。
いくら任務だと言っても、自分が落とした爆弾で多くの人命が失われるという事実を目の当たりにしたときに、どんな精神状態だったんだろう。ふとそんな思いが頭のなかをよぎりました。戦争は、爆撃をされる方も、爆撃をする方も辛い思いをしなければならないんですね。
そして、私がいつも頭の中で考えているのは、あの戦争は一体何のための、誰のための戦争だったんだろう。この思いは、私が生き続けてている限り、頭の中から離れることはないんだろうなと思います。
最後に、この映画のラストシーンで、清太と節子が公園の椅子に腰かけて、今の繁栄する都会を見つめるシーンがありますが、どの様なことを思っていたのでしょうか。ラストシーンに高畑監督の思いが全て詰められているような、そんな気がする私です。