昨日6月23日は、昭和20年に太平洋戦争で
唯一の地上戦が行なわれた沖縄で、組織的な先頭が終了したとされる、沖縄慰霊の日でした。日本本土を叩くための足がかりにしたい
アメリカ軍と、本土防衛のために
アメリカの進軍を阻止したい日本軍との間で、民間人を巻き込んだ激しい戦闘が行なわれ、民間人も含めて20万人が犠牲になるという大きな代償を払っての戦闘終了となった
沖縄戦。その後も沖縄は苦難の歴史を歩んで、
アメリカの占領ちとして、27年間支配されて、その間に
アメリカ軍基地が本土からどんどん移ってきて、今では日本国内にある米軍の75%が沖縄に集中するという重い負担を強いられています。
日米安全保障条約の元、不平等な
日米地位協定によって、
アメリカ軍兵士が起した事故や事件に日本の司法が介入できない・環境汚染が米軍基地で起こった場合、その
環境保全費用は日本側が負担しなければならないなど、明らかにおかしな協定が結ばれています。
そして数々の沖縄に駐留する米軍兵士が起す事件や事故によって大きな負担を強いられていることを考えると、
沖縄県民の方が
普天間基地の名護市
辺野古移設を反対するのもわかります。そして
日米地位協定の見直しを日本政府に要求するのもわかります。先の選挙でも
普天間基地の
辺野古移設反対と言う民意は示されていますし、日本政府も
アメリカ政府もよくわかっているはずです。この問題を動かすためには、本土に住む私たちも沖縄の問題だから関係ないと捉えるのではなく、沖縄の人が困っているんだから、同じ日本国民として一緒にNOを突きつける気持が必要なのではないかと思います。
私は沖縄を訪れた時に、
ひめゆり学徒隊の方のお話を伺ったことがあるんですが、そのお話や、
ひめゆり記念館に残されていたその当時の記録を見ると、改めて、あの戦争はいったい誰のための、何のための戦争だったのか?そう思ったのを今でもはっきりと覚えています。もう少し早く日本が全面降伏していたら、沖縄で起こった悲劇も起きなかったのではないか?そう思う私です。