今日で、知的障害者施設の津久井やまゆり園殺傷事件から4年がたちました。19人を殺害し、大勢の重軽傷者を出したとして、殺人などの罪で逮捕された植松聖被告は裁判で死刑判決が下されて、弁護側は控訴しましたが、植松死刑囚が控訴を取り下げて、死刑が確定しましたが、いまだに「障害者は不幸を生むだけ」という障害者に対して差別的な発言を繰り返しています。多分植松死刑囚が障害者施設で働いているうちに、人手が足りない現場の垣間見て、次第に疲弊していく職員の姿を見てそう思ったのかもしれませんが、私も息子をグループホームに預けている親として思うのが、確かに知的障害のある人の解除をするのは大変かもしれませんが、それ以上に息子は私たちに喜びと安らぎを与えてくれる存在であり、少なくとも、息子が入所しているグループホームや、事業所のスタッフの方たちは息子のような障害のある人たちを憐みの目で見ているのではなく、一緒に人として成長していこうという意気込みが伝わってきます。
これはやまゆり園で働いておられる方々も同じ思いだと思いますし、事件に巻き込まれた人のご家族の方たちも、入所している息子や娘のほんの小さな成長が何より嬉しかったのではないかと思います。それを植松死刑囚の個人的で身勝手な思い込みによって奪われたことは本当に悔しかっただろうと思います。
この前の息子の音楽センターのコンサートでも息子より重い知的障害を抱えた人も参加していて、一つの音を出すのがやっとというような人もいますが、その人が木琴のバチを持って、たった一つの音を出すことができると、会場からは割れんばかりの拍手が起こっていました。本当、障害のある子どもを育てている親にとっては、こういったほんの些細なことが幸せだと感じるんです。その幸せな時間・大切な子供・入所者の命を奪い、多くの人に重軽傷を負わせた植松死刑囚に対しては、怒りの感情しかわいてこないです。