オウム死刑囚の刑執行で、死刑反対派が抗議の声

 今月に入ってオウム真理教が起こした凶悪事件に関わったとして、13人の死刑囚に対して、死刑が執行されました。地下鉄サリン事件や松本サリン事件、坂本堤弁護士一家殺害事件など、数多くの凶悪犯罪に手を染めた彼らに対する死刑執行は、私は当然のものと受け止めています。
 あれだけ多くの人を殺害(合計29人)し、多くの人の人生を狂わせて、いまだに多くの人が後遺症と闘っている現状を鑑みると、死刑執行は正当な判断だったのではないかと思います。
 死刑反対派の人たちは、死刑囚の人権がないがしろにされている・司法が人の命を奪っているなどということを言っていますが、死刑囚に人権があるというのであれば、殺害された人たちの人権や、残されたご遺族の方たちの人権、罪を犯した相手に対する思いはどうなってもいいのか。私はそう思います。
 死刑囚の人権云々を言うのであれば、殺害された人の人権や、残されたご遺族の方々のことをもっと深く考えるべきだろうと思います。
 私は死刑執行に当たっては慎重な議論を交わすことには賛成です。何しろ罪人とはいえ、人の命を奪うわけですから。しかし、最大限尊重されるべきは、ご遺族の処罰感情だと思います。例えば、相模原で起こった障害者施設での襲撃事件で、19人もの人の命を奪った植松聖被告がいまだに「障害者は不幸を産むだけ」という考えを改めていない現実を考えたときに、植松被告に人間性を感じられるかというと、感じられないと思う人がほとんどでしょう。この事件で殺害された人たちは知的障害があるからという理由だけで殺害されたわけです。被害者に何の落ち度もなかったわけで、そんな人物に対して、死刑回避を訴えられますか?いざ自分が事件の被害者や遺族になったとき、植松被告を許せますか?オウム真理教の狂信的な教義によって殺害された人たちの遺族の立場になったとき、麻原を許せますか?そのことを私は死刑反対を唱える側に問うてみたいです。