sakura542gouのブログ

日々思うこと色々書いてます。今年は空と結婚し、新たな生活が始まりました。

衝撃的な告白

 毎年この時期になると思い出すのが、30年前、小学校を卒業間近に控えた一月下旬にあった出来事。何があったかというと、私がクラスメイトに大阪を離れて山口に引越しするということを伝えたことです。
 何度か書き込みをしましたが、私はこの当時、激しいいじめに苦しんでおり、誰にも相談できずに毎日苦しい思いを抱えながらいじめと戦ってました。しかし、私は何もいわなくても、普段の様子や顔のどことなく引きつった表情などから、私がいじめにあっていること、辛く悲しい思いをしているというのは、両親には分っていたようで、姉の通っていた、中学校で毎日のように頻発する校内暴力の問題もあり、私が小学校を卒業すると同時に引越しすれば、ちょうどきりもいいからということで、引越しすることになったわけですが、このことは、私は誰にもいわずに黙っていようと思ってました。どうせ何を言ったって、私にいじめを加えているやつらはなんとも思わないだろうと思っていたからです。
 しかし、1月下旬になってクラスメイトからある提案が出されました。「卒業式が終わって、ゴールデンウィークにみんなでこの教室に集まらんか」ということでした。
 みんなは「賛成」「楽しもうや」という意見で盛り上がってたんですが、私は何も言わずに黙ってました。ゴールデンウィークにはもう私はこの場所にはいません。自分にはまったく関係のない話だからどうでもいいと思っていたからです。
 私が何もいわないことにクラスメイトの一人が不審に思ったのか、「お前はどうなんや?」と聞いてきたので、「やっぱり、きっぱりとみんなに話したほうがいい」と思って、私はその重い口を開きました。
「俺はその頃には、もうここにはおらへんから」というと、みんな「なんでや」というので、その理由を話しました「みんなはこのクラスで俺がどういう状況にあるか知ってるよな。みんなに化け物扱いされて、毎日のように殴られて、蹴られて、ボコボコニされて、ばい菌扱いされて、それが原因で俺は卒業式が済んだら山口に引っ越すことになったんや。お前ら、人をいじめてそんなにおもろいか?人の人生をめちゃくちゃにするのがそんなに楽しいんか?お前らに人の人生をめちゃくちゃにする権利なんかあるんか?お前らはええよな。将来結婚とか仕事で生まれた家を離れることがあっても、自分たちが帰るべき故郷とか、家があるんやから。俺はお前らのせいで生まれ育った家も何もかも置いていかなあかんのや。お前らにその悲しみが分るか?何がゴールデンウィークに集まって楽しくやろうや、そんなもん出たっておもろいわけないやろ」シーンと静まり返る教室。重たい空気が教室の中を流れて、しばらくして、私を必死で助けてくれた、今も親交のある親友が「お前を助けてやることができんで本当にごめん。申し訳ない」先生も「苦しい思いをしてるのに助けてやれんで本当に申し訳ない。もっと俺がしっかり対応していれば苦しまずにすんだのに、ごめんな」そういってくれました。親友や先生は私のことを常に気にかけてくれていて、このことに対して感謝しています。しかし、クラスメイトが「ゴールデンウィークに帰ってくることはできんのか」という問いかけに対して私は「みんなが集まりたければ勝手にやったらいい。俺はどうせ邪魔者なんやから、出るつもりもないし、引越しに金がかかるからそんな余裕はない」というと、残念そうな顔をしてました。この告白はクラスメイトのみんなに大きな衝撃を与えたようで、いじめに加わっているやつ以外は、私に対して気を使っているようでした。
 ただ、私に危害を加えるやつらは「お前が山口にいって、いじめられても大丈夫なように、鍛えてやってんねん」といって、」さらに理不尽な攻撃を加えてくるようになりました。私はあと2ヶ月・あと1ヵ月・あと20日・あと10日というふうに自分に言い聞かせてどうにかこうにか耐え忍んで、卒業式を迎えました。これで、長かった戦いが終わる。そう思っていました。しかし現実はそんなに甘いものではありませんでした。いじめによって深く傷ついた心は相手に対する激しい怒りと憎しみ、恨みになり「あいつらを殺してやりたい」「俺が味わった地獄をあいつらに味合わせてやりたい」ずっとそういう思いがずっと私の心を支配し続けて、暇さえあればそういうことを考えてました。
 そして家族に対しては、私のせいで、家族みんなの人生を狂わせてしまったという負い目も感じてました。私さえいじめにあわなければ、みんな思い出の残る大阪で暮らすことができたのに・・・。そういう思いが常に頭の片隅にありました。
 その心にひとつの区切りがついたのが、私が20歳のとき日本全国、全都道府県を訪れるという目標を達成したときでした。これを機会に、もう相手を恨んだり憎んだりするのはもう止めようと思い、それまで一切出席してこなかった同窓会にも出席をすることに決めて、会場に着いて私をいじめた相手と話をする時間を持つことができました。私が卒業式の前に話したことは衝撃的だったということ、あとになって自分たち取り返しのつかないことをしてしまったという後悔の思いをずっと抱えていたという事、私が同窓会に今まで一切参加してこなかったことに、まだ自分たちのことを許せる気持ちにならないんだろうと思っていたこと。そういうことを話してくれました。いじめを行っていた当時、仲間の中で、自分が私を攻撃しないと自分が今度はやられるという思いがあって、止められなかったことというその当時の心境についても話してくれました。その話から、いじめてた相手もそれなりに苦しんでいたんだろうと思います。いじめというのは被害を受けた側の人間にも、加害者側の人間にも苦しみを与える行為だと、このとき判った様な気がします。
 今は相手に対して恨んでやるとか一生苦しめばいいとか言う思いはありませんが、何故私がこういうふうに自分の過去を話すかというと、いじめた加害者を誹謗中傷する意図などはまったくなく、ただ、いじめを少しでもなくしたいという思いからです。いじめられた経験のある人から発せられる言葉は、いくら偉い教育学者がこうすればいいとか言う話しよりも、ずっと重みがあると思うからです。まだ、私にもいじめをなくすためにはどうしたらいいのか、その答えはわかりません。ただ、いじめられた経験者が何もしないよりは、何かの形でいけないことだということを発信しなければ、だめだろうと思っています。何時かいじめがなくなる日が来ることを祈って、これからも私はブログを通じていじめと向き合って生きたいと思っています