暴力被害者の置かれている現状

今日もネットニュースで、いじめに関するニュースが掲載されてました。いじめはあらゆるところで起きていて、社会に出てもパワハラやDVなど、姿かたちを変えて存在しています。
私が経験したいじめでは、これまで何度も書いてきましたが、私は精神的におかしくなり、自殺未遂を起こし、生まれ育った故郷を追われ、それまでの生活も何もかも破壊され、人生を大きく捻じ曲げられ、何もかも失って、山口での再出発を余儀なくされました。私が賠償を求める考えを示すと、学校側は私達に損害賠償請求を諦めるように圧力をかけてきて、卒業式当日に一人の親が「今までごめんね。うちの子がいじめてたみたいで」って言ってきましたが、時すでに遅しで、何もかも失うことが決まった後でした。私が「今頃謝りに来て何になるんや」そう言いながらその加害者の親を睨みつけると、その親は「まぁ、なんて恐ろしい子なんでしょう」そう言ってそそくさと逃げていきました。そして、加害者やその保護者からは、一切の誠意は見られませんでした。それから私はPTSDに長年苦しめられ、今もその時の記憶がフラッシュバックすることがあります。
更に私をどん底にまで叩き落としたのが、元嫁との生活の破綻でした。ご存知のように、元嫁は息子の障害から目をそらすために、統一教会にのめり込み、多額の経済的損失を発生させて、日常生活に著しい支障をきたすことをして、さらに私には罵声罵倒を繰り返し、私の存在そのものを否定し、息子にも虐待を加え、言いたい放題・金は使いたい放題・やりたい放題なことをされて、私を地獄の底にまで叩き落とし、もう正直言って、生きてるのが辛くて、死を考えながら毎日を生きてました。車を運転中にトラックが追突すればいいとか、外を歩いていたら、自転車が後ろから突っ込んでくればいいとか、そんなことを考えながら過ごしてました。
そして、被害救済は、いじめのときは「相手にも未来があるから。未来を奪う権利があるのか」そう言われ、少年法をたてにされて、私は何一つ救済される事はありませんでした。
元嫁のことも「支払い能力がない・次男のことも考えて、賠償請求からは手を引くように」言われて、結局は被害を受けた側が泣き寝入りをしなくてはなりませんでした。確かに加害者にも未来があるのは理解できますが、被害者の未来はどうなるんですか?支払い能力がないから、賠償請求を諦めなさいって、何なんですか?そんなに加害者を守ることが大切なんですか?被害者の人権なんてどうでもいいんですか?
今の日本の司法制度は、加害者に手厚く、被害者には冷徹であるのが現実です。私はいじめ加害者の実名を公表するだけで、法に触れてしまいます。でも、加害者がなんのお咎めもなく、のうのうと生きていける世の中っておかしくないですか?
私はブログやツイッター、FBでいじめや暴力に関することも多く書いているため、多くの相談みたいなのを受けるんですが、本当にどれもみんな、悲惨なことばかりですよ。世の中にいじめられてもいい人、暴力を振るわれていい人なんていません。もっと被害者が明るく前を向いて歩いていける世の中になってほしい。今の私の願いです。