昨日、記事を書いていて思い出したこと

 昨日、大津市で2011年10月に起こったいじめ自殺事件のことを私なりの解釈を交えて記事にしましたが、書いていて私がいじめられていたころのことを思い出していました。散々暴言や罵声・罵倒を浴びせかけられ、存在そのもの自体を否定されて、何か気に食わないことがあると殴る蹴るといった、激しい暴行を受けて、いじめから逃れるために引っ越しを余儀なくされたんですが、引っ越しをするその日のことを思い出していました。 

 その日は3月末ということで、だいぶ春めいて暖かな日和だったことを今でも覚えています。家の中から全部荷物をトラックに積み込み、家の中ががらんどうになると、次にやってきたのがパワーショベル。そして一気に家を取り壊していって、大切な思い出や、楽しい思い出が詰まった家はあっという間に無残ながれきの山と化していきました。この日、私は住み慣れた家や、大切な友達との日常的な交流、父の会社の収入など、私が大事にしてきたものすべてを失った日でした。今、私が大阪に住んでいたことを物語るものは、アルバムに残った写真しかありません。

 何よりも私が一番悔しいと思うのが、私は大阪の自分が住んでいた所に行くことはできても、もう二度とそこに住むことができないという事です。いじめた加害者には結婚や就職などで生れた家を離れることがあったとしても、帰るべき自分の生まれた家がある。その一方で、いじめの被害を受けた私は、何の賠償もないばかりか、自分が生まれた家もなく、思い出の中でしかそこに住むことができません。今いじめ加害者に対して言いたいのは、私が失った大切なものすべてを返して欲しい。謝ってくれなくていいから、私が大切にしていた物をすべて返して欲しい。ふとそう思った私です。

 私が伝えたいのは、いじめ行為は、被害を受けている人から大切なものを何もかも奪い去ってしまうということ。時には命までも奪ってしまうということをわかってほしい。私はそう思います。