sakura542gouのブログ

日々思うこと色々書いてます。今年は空と結婚し、新たな生活が始まりました。

しつけと虐待の線引きはどこという記事を読んで

 昨日のヤフーのニュースに、気になる記事が掲載されていました。後を絶たない虐待のことについて書かれた記事だったんですが、虐待容疑で逮捕された加害者側(主に親などの親権者)の言い分として「躾のつもりだった」ということをよく聞きますが、しつけと虐待の線引きについて詳しく記述されていました。

その記事の内容ですが、そのまま全文を掲載すると、
 「帰ったら(虐待を)やろうね」と日ごろからラインでやり取りし、3歳の娘を虐待死に追いやった母親とその恋人・園児に無理やり大量のワサビを塗りつけた唐揚げを食べさせようとした保育士・生後2か月の息子の鳴き声にいらついて暴行死させた22歳の父親。
 耳をふさぎたくなるような虐待事件の報道が、年明けから相次いでいる。なぜ加害者である大人たちは、か弱い幼子にそんな残忍な行為ができるのか?彼らはある日突然、虐待を始めてしまうのだろうか?

社会福祉士精神保健福祉士・学校心理士などの資格を持ち、児童虐待の現場に詳しい亀田秀子さんに聞いた。

虐待が起こる理由
「虐待はある日突然始まるものではありません。根底にあるのは保護者の育児不安・ストレス。それが解消されない状態が続いていく中で、『泣き止まない』『反抗した』などの些細な出来事が引き金となり、怒りが生じて暴言・暴力が引き起こされてしまうのです」

だが、育児にまつわる不安やストレスは、多かれ少なかれたいていの親は抱いているはず。そもそもどこまでが『躾』でどこからが「虐待」なのだろう?

その線引きは大変難しいものがありますが、あえて定義するなら子供の立場に立って考えた時に、「子供が心理的に苦痛を感じている、体に傷がついている」などは虐待と言えるでしょう。また、子供の心身の発達を阻害する行為も虐待に当たります」

言い方を変えると、「子供が今まさに自力でできることを課題にする」ことが『躾』であり、「到底、頑張ってもできない理不尽な課題を与える」ことが「虐待」なのだという。

子供を不潔にしておくことも虐待?
一方で、目に見える暴力ばかりが「虐待」ではないという。

『虐待には大きく4つの種類があります。殴る蹴る等の『身体的虐待』・わいせつ行為を共用する『性的虐待』・暴言や罵声を浴びせる『心理的虐待』・そして『ネグレクト』。4種類の中でも、もっちおも判断に迷うのが、この”消極的虐待”と呼ばれるネグレクトです』
 
ネグレクトは「養育の放棄・怠慢」のこと。例えば、食事を与えない・風呂に入れない・日常生活の世話を怠るなどもこのネグレクトに分類される。

「養育そのものはある程度なされているけれども、毎日同じ服を着せている・髪や身体を不潔なままにしている・連絡帳に目を通している様子がない・子供の問題行動に他人のような態度を示すなど、気配りのバランスを欠いている状態。これがネグレクトです」

そのほか、病気にかかっても病院へ連れて行かない・子供を置いてたびたび外出する。これらの行為もネグレクト=虐待に当たる。これらは家庭の経済力や親の教育レベルと関連が大きいといわれている。

しつけと虐待の線引きはとても曖昧だ。けれど何かのきっかけで不幸や不運が重なれば、だれだってその境界線を越えてしまう日が来るかもしれない。そうならないためにも虐待と躾の違いはしっかり理解しておこう。

と書かれています。親の経済力や教育レベルとも関連が大きいということが書かれていますが、元嫁の場合と関連付けて考えてみると、元嫁が息子に対してとっていた行為は罵声や暴言を浴びせる心理的虐待と、息子がけがや病気にかかっても病院に連れて行かないこともありましたし、次男ばかり相手にして、息子のことはほったらかしにしているなどのネグレクトが当てはまると思います。私が仕事を終えて家に帰ると、冬の寒い夜に、暗くなった暖房の利かない部屋に一人ほったらかしにされていたことも一度や二度ではなかったです。
 ではなぜ元嫁がこのような息子に対して虐待が強く疑われるような行為を働いたのか、その原因を探って行ってみると、経済的にはぜいたくをしなければ、私一人の収入で十分食べて行けるだけの稼ぎはありました。なので経済的に困窮していたというわけではありません。一方の元嫁の教育レベルですが、高校を卒業して、就職しているので、教育レベルが劣っていたというわけではないんですが、元嫁の親の元嫁に対する育て方(教育の仕方)が、私が聞いた中では、世間の常識を大きくかけ離れた状態だったということが推測できます。元嫁の母親は自分の父親に対して毎日のように罵声を浴びせて、怒鳴りつけていたと次男が生まれた後に語っています。そして子供である元嫁に対しても外見等をけなし続けていたといいます。食事も母親が作ることはめったになく、父親や祖父母が作っていたという状態だったということを、元嫁の親類から聞かされたことがあります。こういう元嫁の母親の行為が息子に対する育児放棄心理的虐待の引き金になったのではないかと思います。

虐待と躾の線引きは難しい一面もあると思いますが、今日わたしが見に行った小学生の合唱団のステージ発表を見ていると、参加した児童たちはみんなやり切ったという表情をしており、虐待とは無縁の中で毎日を暮らしているんだろうなって思いました。このような学校の教育的な行事に積極的に参加させる親に、虐待を加えている保護者がいないといいなと思っています。

 虐待は決して他人事ではなく、子育てをしている最中のどの家庭にも起こりうることです。自分は絶対に大丈夫と思わずに、これからも息子や次男と向き合っていこうと思う私です。