sakura542gouのブログ

日々思うこと色々書いてます。今年は空と結婚し、新たな生活が始まりました。

佐世保女子高生殺害事件・少女を医療少年院送致

 昨年の7月に発生した佐世保での女子高生殺害事件。長崎家裁(平井健一郎裁判長)は13日、殺人・死体損壊などの非行事実で送致された少女(16)の第4回少年審判を開き、『第三種(旧医療)少年院』装置とする保護処分を決定しました。平井裁判長は『少女の特性からは、刑罰による抑止は効果が無く、治療教育の実施が望ましい』と判断したようです。
 決定で平井裁判長は、少女の特性について『重度の共感性障害や、特異な対象への過度な関心が認められる』とし、発達障害の一種、自閉症スペクトラム障害と認定。決めたことを迷うことなく完遂する性格なども重なり、同障害の中でも「非常に特殊な例」で、「同障害が飛行に直結したわけではなく、環境的要因も影響した」と述べました。
 小学5年から猫を殺し始め、次第に『人を殺したい」との欲求を強め、中学3年生には実母の死を体験し、殺人空想が増大したと分析。少女は過去の事件から16歳を超えると刑事罰を受ける可能性が高いことを知り、その前に実行しようと決意したことを明らかにしました。
 事件については「殺人と欲求を満たすため、友人を突然襲った快楽殺人」とし、「心神喪失精神障害は認められない」と指摘しました。
 平井裁判長は「少女の特性が大きく影響している点を考慮しなければならない。殺人欲求はいだき続けているが、謝罪の言葉を述べるなど変化の兆しはある」とし、更生には他者の気持や伊丹を意識できるように促し、孤立感を解消するなどの矯正教育が必要で、第三種少年院で可能な限り長期間、治療教育を施せば、矯正の効果は十分期待できる」と結論付けました。少女は近く長崎市内の少年鑑別所から』第三種医療少年院に移送される見込みだそうです。

この事件の少女が起した非行事実を順を追ってみてみると、

2009年~2010年 小学5年生時、下校中にネコの死骸を目撃。生徒氏の境界への関心が芽生え、猫を殺し始める。

2010年12月 小学6年生時、同級生の給食に洗剤などを混入。父親が継続的なカウンセリングに反対し、適切な対応が取られず。

2013年10月 実母が死去。殺人空想が増大

2014年3月 父親をバットで殴り怪我を負わせる。父親は警察に届けず。

2014年4月 高校入学。マンションで一人暮らしをはじめる。

2014年6月 診察した医師が『ネコを解剖している。人を殺しかねない』と児童相談所に連絡したが、児相は具体的に対応せず。

2014年7月7日 医師が父親らに強制措置の必要性を説明したが、父親は児相や警察に相談せず。

2014年7月25日 父親が自走に電話したが、時間外で相談できず。

2014年7月26日 同級生を殺害。翌日殺人容疑で逮捕

このあとは
2014年8月11日 検察が精神鑑定のため鑑定留置

2014年10月 父親が自殺

2015年1月 父親への殺人未遂容疑で再逮捕

2015年2月 県が自走の対応に問題があったとする最終報告をまとめ、幹部らを懲戒処分。その後、家裁が少年審判を開き、精神鑑定実施を決定。

2015年3月 県教委が学校の対応の問題点を最終報告。高校校長と中学教諭を文書訓告

昨日 家裁が保護処分を決定

という具合です。この少女の場合、小学校のころから異変があったんですよね。猫を殺して解剖したり、給食に洗剤を混ぜたり、父親を金属バットで殴ったり。その対応のすべてが後手後手に回った結果、このような事件が起こったわけで、給食に異物を混入させた時点で、きちんとしたカウンセリングを受けていれば…。父親が、金属バットで殴られたときに警察に通報していれば…。児相が適切な対処をとっていれば…。父親が強制措置の必要性についての説明を受けた時に、警察や自走に通報していれば…。いまさら、この事件についてたらればを言ったって仕方が無いことかもしれませんが、そのときそのときできちんとした対応を採っていれば、このような事件は起きなかったのではないかと思います。

厳罰を望んでいた被害者のお父さんは、家裁の決定に、傍聴席で泣き崩れたといいます。娘さんの無念さを思うと心が傷みますね。なぜ自分の愛娘がこのようなむごい死に方をしなければならなかったのか。ずっとこの答えを探しながらの毎日だったと思います。遺族の厳罰を望む声に対して下されたのが、第三種医療少年院送致。東京都と、京都府にあるんだそうですが、この医療少年院は最長26歳までしか入所できないそうです。と言うことは、もし跡10年間の間に強制が上手くいかなかったら、殺人欲求をいだいたまま出所するってことですよね。そしたらまた同じことが10年後に繰り返されるのではないか?私はそう思います。私はきちんとした刑事罰を受けさせるべきであったと思います。あまりにも恐ろしすぎます。