私の人生回顧録統一教会編

 6月に入って、元嫁が統一教会に入信して、生活がめちゃくちゃになっている私たちのことについて、私の両親の家に熊毛の実家の両親も加わって、話をすることになりました。熊毛の両親はちょうど田植えの時期と重なってしまって、なかなか時間が取れずに、6月に入って、ようやく田仕事もひと段落着いたということで、熊毛から2時間かけて駆けつけてくれました。
 私も両親の家に子供たちを連れて行って、子供たちは姉夫婦の家で預かってもらうことになりました。子供たちには余計な心配をかけたくなかったという思いがあったからで、姉夫婦も子供たちを預かるのを快諾してくれました。
 そして重苦しい空気が支配する中、私が知っている限りのことを話しました。元嫁が統一教会に入信するようになったきっかけである、元嫁が引き起こした交通事故と、このとき、保険外交員として元嫁の起こした事故の処理に当たった岩田(この当時は山田。結婚後姓が変わりました)が、「智ちゃん。あんたがこれだけ事故を起こすのは、何か憑りついているからよ。一度お祓いを受けなさい」と言われて、統一教会に連れていかれ、そこから入信したこと、洗脳されて家族のことや、家のことよりも統一教会のことが大事で、家の片づけや子供の世話などは、私がほとんど行っていたこと。私が把握しているだけで700万円もの金が統一教会に流れていること。そして脱会を迫ってもやめようとしないこと。そのようなことを話しました。そして、私までも入信させようとして、失敗したことなどを話しました。
 そして、みんなにまず知っておいてもらいたかったのは、なぜ今まで言わなかったのかということ。それは、まず第一に、みんなに私たちのことで心配をかけたくなかったこと、そして子供たちに心配をかけたくなかったこと。だから、私一人でどうにかしようと、あれこれ頑張ってきたけれど、私ひとりではもうどうしようもなくなってしまったこと、それがあって今までなかなか言い出せずにいたことを私の両親や熊毛の両親に謝りました。そして、反統一教会を掲げる教会が玖珂インターチェンジの近くにあるということを教えてもらったので、そこに連れて行くから、いつか都合のいい日についてきてほしいと言っておきました。
 また、小野田の叔母にも、元嫁の育ての親として、どのようなことをしてきたのか知ってもらう必要があるということで、小野田の叔母にも連絡をして、一度一緒に玖珂の反統一教会を掲げる教会に行くのに、来てもらおうということになりました。母は6月いっぱいは仕事が忙しくてなかなか休みが取れないということでしたので、6月10日に私と私の父がまず話を聞きに行って、それから母の都合のいい時に、小野田の叔母を強制的に連れて行って、元嫁が私や子供たち・両親や身内に対して吐き捨てた数々の暴言や、無礼極まりない言動や行動。隣近所や学校、幼稚園で引き起こした数々のトラブルを話して、元嫁がどんな仕打ちをしてきたか、知ってもらおうということになりました。次第に明らかになる元嫁の実態。母は今でも私にいます。「あんたは、あんな嫁とよく13年間も一緒におって我慢したね。私じゃったら耐えられんわ」と。私も子供がいなかったら、こんな元嫁なんか放り出して、即刻離婚していただろうと思います。私は、子供を片親にしたくない。そういう思いもあったので、およそ13年間にわたって、元嫁の暴言や非常識極まりない言動や行動に対して、我慢ができたのだろうと思います。私にとって、結婚生活は地獄のようなものでした。
 この時点で私たちがこのような行動をとっているとは、全く気が付いていなかった元嫁。このことを突き付けられるのが7月22日です。