冨田真由さん・被害者意見陳述

 昨年5月にファンだった岩埼友宏被告にナイフで刺されて、一時意識不明の重体となった冨田真由さん刺傷事件の裁判員裁判東京地裁立川支部で開かれました。裁判の中で冨田さんは自身の心境などを語りました。
 冨田さんの意見陳述は次の通りです。

 犯人からSNSへの書き込みは3年前の6月に始まりました。犯人がライブ会場にきて「結婚してください」「じゃあ、友達になってください」としつこく言ってきたあたりから、犯人の書き込みも意識するようになり、それからは、去年の5月21日に事件が起こるまで、不安や恐怖がなくなることは一度もありませんでした。特に、生き死にに関する書き込みが1日に何件も来るようになったことや、1月17日のライブ終了後にしつこく付きまとわれたことなどがきっかけで、さらに不安や恐怖を大きく感じられるようになっていました。こういった犯人の姿は、ファンではなく、ストーカーそのものでした。

 5月21日、犯人に待ち伏せされ、あとを追いかけられて、最後には殺されそうになりました。犯人は、私に無視されたから刺したと言っているようですが、追いかけられている間、私は「急いでいる」「リハーサルがある」と言って、何度も断りました。しかし、犯人は、私のそういった言葉には全く耳を貸さず、後をついてきました。私の事情は、犯人にとって、どうでもいいという感じでした。

 意識を失って、次に病院で目が覚めたとき、すぐに何があったのかは理解できました。そして、それと同時に、事件の記憶が一つ一つ蘇ってきました。刺されたところが一気に熱くなったこと、首を思いっきり刺されて口の中にも血の味が広がったこと、犯人が恐ろしい形相で私を刺してきたこと、刃物の形、床が血の海に見えたほど自分の身体からたくさんの血が流れ出ていたこと、そこに倒れたこと、犯人に対して足で抵抗しようともがいたことを、はっきりと覚えています。その恐怖は、今でも忘れることができません。事件の後からは、今まで感じていたものよりも、はるかに大きい不安や恐怖を感じています。

 入院中は、他の患者さんとすれ違うことも、病室にお医者さんや看護師さんが入ってくることも怖かったです。傷の処置のために使われているハサミは、見るたびに刺されるかもしれないとびくびくしていました。お見舞いに来てくれる人に対しても、私を殺しに来たんじゃないかと思い、その不安から気が休まることはありませんでした。退院した後も、そういった気持ちが変わることはありません。

 事件の日から、本当にすべてが変わってしまいました。家族と過ごした時間、友人とたわいもない話をして笑っていた時間、大学で大好きな勉強をすること、大好きな音楽やお芝居をすること。今まで大切に積み重ねてきた時間のすべてが、一瞬で奪われてしまいました。普通に過ごしていたはずだった毎日を返してほしい。犯人の身勝手な行動のせいで失ったものは数え切れません。

 傷のない身体も失ったものの一つです。傷のない、元の身体を返してほしい。犯人は何一つ傷ついていないのに、私だけが身体にも心にもこんなに多くの傷を負って、これから先も痛みに耐えて生きていかなければならないと思うと、悔しいし、許せません。傷を保護するテープを毎日張り替えているため、毎日傷つけられた体を見なければなりません。その度にSNSで執拗な嫌がらせをされたことや事件の日のことが思い出されてしまい、なんでこんなことになってしまったのかと何度も何度も苦しくなります。

 外出したくても、事件で刺されて殺されそうになった時の光景を思い出してしまい、ほとんど外出することができません。

 眠ろうとしているときも、事件のことが頭の中で何度もリピートされたり、眠れたとしても、犯人が夢に出てきて、また私を殺そうとしてくるので、すぐに目が覚めてしまい、ほとんど眠ることもできません。

 今でも、毎日リハビリを続けていますが、思うように身体が動きません。大好きだった歌うことも、食べることも、口にまひが残っていて苦痛になっています。大好きだったギターも、ほとんど弾くことができません。視力が低下していたり、視野が狭くなっていたり、常に行動に制限が出ています。そのため、少し歩いたら物や人にぶつかりそうになります。右足の親指にもマヒが残っていて、家の中でさえすぐに躓いてしまいます。「どうして当たり前にできていたことができないの」と悔しくてたまりません。

 私の身体をこんなめちゃくちゃにした犯人に腹立たしさを感じて、頭がおかしくなるんじゃないかと思うくらい悔しくて、毎日気が付けば泣いています。

 犯人や犯人の家族からも、裁判の日まで謝罪の言葉は一切ありませんでした。裁判で「申し訳ないとは思っています」という言葉は口にしたようですが、自分の罪を軽くするために言っているようにしか聞こえず、全く心に響きませんでした。私や私の家族が今日までどんなに苦しい気持ちで過ごしてきたのか、わかりますか。犯人も犯人を育てた両親も、犯人に関わる全てを許すことができません。

 犯人は、私の調書を法廷で読み上げてもらっている間、笑っていたようですが、こんな事件を起こしておいて、どうして笑うことができるのか、理解できません。全く反省していないんだと思いました。今、私が意見陳述をしている間も、きっと心の中では笑っていて、反省は一つもしていないと思います。犯人はまた絶対同じことをする。また犠牲になる人が絶対にいる。こんな人を野放しにしてはいけない。絶対に許してはいけない。一方的に感情を抱き、思い通りにならなければ、人を殺そうとする人です。私を恨んで、今度こそ私を殺しに来るかもしれないし、私の家族や友人にも危害が加えられるかもしれません。

 もうこの世の中に出てきてほしくない。今すぐ消えてほしいです。それが叶わないならば、一生刑務所にいてほしい。そうでないと安心して生活できません。

 いろいろな方に助けていただいた命なので、しっかりと生きていかなければいけないと思っています。しかし、生きていてよかったと思う気持ちと、傷だらけの自分の姿や麻痺の残った口を見て苦しくなる気持ちが毎日繰り返されます。

 傷ついているのは私だけではありません。家族も同じです。事件以降は、もう一生分くらい苦しんでいますが、その苦しみは今も続いています。犯人の身勝手な言葉や行動に、私も家族も毎日のように悩まされてきました。裁判官や裁判員の方々には、私や家族がどんな思いで過ごしてきたのか、私が今後、後遺症を抱えてどんな生活をしていかなければならないのか、ということを理解してもらいたいです。

 今までの判決がこうだから、前例がないから、という理由で判断しないでください。

 今後同じような事件が二度と起きないように、私みたいに苦しむ人がいなくなるように、この事件で厳しい判決を出していただきたいです。

この意見陳述を読んでいて、私も身が引き裂かれそうな思いがしました。今まで普通に暮らしていた歌が大好き・お芝居やギターが大好きな女子学生が、犯人の身勝手極まりない犯行によって、殺されそうになり、一命をとりとめたものの、深く残る身体の傷や心に負ってしまった深い傷を考えると、簡単に「頑張ってください」なんて軽々しく言えないように思います。多くの夢や希望を奪い去った犯人に対して、検察側は懲役17年を求刑したそうですが、あまりにも軽すぎませんか?おそらく判決ではこれよりも刑期の短い判決が言い渡されると思います。いつも私が不思議に思うのが、刑事裁判で検察側が懲役刑を求刑した時、判決ではなぜ休憩よりも短い懲役刑が言い渡されるんでしょうか?
 この犯人、冨田さんが、意見陳述をしているときに、「じゃあ殺せよ」といったそうですが、こんな言葉を裁判所というところで口にするような男です。絶対に自分がやったことに対して、悪かったなどとは思っていないと思います。
 二度と消せない傷を負った人の苦しみは、そういった経験をしたことのない人にはわからないかもしれませんが、皆さんが思っている以上に苦しくて、いつまでもいつまでも苦しめ続け、その人の人格までも破壊してしまいます。そして夢や希望・生活といった、人生までも狂わせてしまいます。
 私は、月並みな言葉しか言えなくて本当に申し訳ないんですが、よく生きていてくれた。生きていてくれてありがとう。そう伝えたいです。