私の人生回顧録統一教会編

 岩田が橿原市に引っ越すということを告げられた私。私が気にしていたのが、例の64万円を貸してくれって言いに来た張本人が岩田だったので、そのままなかったことにされるんじゃないかという点でした。私が借用書をあいつらが手の届かないところに隠し持っていたとしても、あいつらが返す意思がないとなると、有耶無耶にされてしまう懸念があったからです。
 そんな不安も抱えた中での3学期のスタートとなりました。このころになると、私は家にいることが苦痛でたまらなくて、仕事に行っている間は「できることなら、このまま家に帰りたくない」そう思っていました。ただ、子供たちがまだ小さくて、次男がいくらしっかりしているとはいえ、手がかかる状態であったため、子供のために家に帰っていた。そんな状態でした。当然夜の営みもあるわけがなく、元嫁の裸を見ても、正直「汚ねぇものを見せるんじゃねぇよ。」というのが正直な気持ちでした。私が夜の営みを求めてこないことに疑問を感じた元嫁は「なんであんたはセックスしようとせんの?そんなに私に魅力がない?」などと言ってくるので、説明するのもめんどくさくて、一切無視してました。時には元嫁が寝ている私を襲ってくることもあり、自分で裸になって、満足していたこともありました。
 元嫁がその気のない私に対して、セックスを求めてくる理由。それは、愛情があるとかないとか、そういうん問題ではなくて、統一教会の奴らが、入信した後に生まれてきた子供は「祝福子女」と言って、統一教会の信者として、幼少のころから統一教会の思想に染め上げて、統一教会を信じることこそ世の中を救うため。という思想を植え付けて洗脳するという恐ろしいシステムが存在していて、元嫁もそれが正しい道だと信じ込んでいたからでした。幼少のころから統一教会の思想に染め上げていけば、半永久的に信者が途絶えることはなく、資金源が確保されるため、「祝福子女」を増やす目的で「産めよ増やせよ」ということが徹底的に信者。特に20代~30代の健康な女性信者に対して教え込まれるのでした。
 しかし、私が元嫁のセックスという要求をかたくなに拒否しているため、元嫁との間に3人目の子供が生まれるということはありませんでしたが、元嫁は私のことを「神の教えに背く外道野郎」という風に思ってたようで、「神の教えを信じない者は地獄に堕ちる」などとよく言ってました。
 もし仮に私と元嫁との間に3人目の子どもが生まれていたら、生まれてきた子供にとっても、私や息子・次男にとっても決して幸せな家庭生活が送れるとは思えなかったので、3人目の子供が生まれなくてよかった。今でも私はそう思います。