私の人生回顧録結婚生活編

 息子が1歳の誕生日を迎える頃、ある事件が勃発しました。もともと元嫁と、私の両親や姉や妹とはうまく行ってなかったのですが、それでも何とかそれまで、やってきていたんですが、熊毛の実家で息子の1歳の誕生日パーティーをやろうと私が提案して、私の両親と姉夫婦にも来てもらったんですが、息子の誕生日のお祝いにと私の両親と姉夫婦から祝儀を頂いて、それは息子のおもちゃやベビー用品を買い揃えるためのお金に使わせてもらうことにしました。そして、私の父が息子を抱っこしようとして手を差し伸べたらそれを元嫁は拒否。後でその理由を聞くと「日ごろは抱っこしようともせんくせに、こういうときだけいい人ぶってる」ということだそうで、これは明らかに元嫁の思い込みだと何度も言い聞かせたんですが、聞く耳を持つことはありませんでした。そして、私の義兄が「だいぶしっかりしてきたね~」と言ってもまるっきり無視。気まずい雰囲気が流れる中、私の両親と姉の家族は先に山口に帰っていきました。そして、私の両親がいなくなったとたん、熊毛の両親に対して、私の両親のことでどのように思っているのか、言いたい放題のことを言ってのけて、すっかり息子にお誕生日のお祝いムードは吹き飛んでしまいました。それどころか、私たちが熊毛の実家に養子に行って、熊毛に家を建てて、私は今の会社を辞めて熊毛の実家で兼業農家として暮らしていくという夢もぶち壊された瞬間でした。私の母の親戚に建築塗装関係の仕事をしている人がいて、私も塗装の知識があるので、その実力を買ってくれていて、「熊毛に帰ってきたら、俺のところに就職しろ」と言ってくれていて、家の見取り図も完成して、あとは家を建てるだけの状態まで話が進んでいたんですが、すべてぶち壊された瞬間でした。それから、熊毛の両親も家を建てて一緒に住もうという事は一言も言わなくなりました。
 デモなんで熊毛の両親が一緒に住もうといわなくなったのか、元嫁には理解できていないようで、「一緒に住もうって言わんようなったけど、熊毛の両親も息子のことが可愛くなんじゃない?」などとほざくので、私は「この前お前が熊毛の家で言ったことを思い返してみろ。あんなに自分の姉妹のことをぼろ糞に言われてうれしいと思うか?お前みたいな自分の思ってることを全部口に出して、これでもかっていうくらい相手を怒らせるようなやつと一緒に住みたいと思うか?」常識で考えてみろ」私はそういって、自分がやったことをよく考えるように話をしたんですが、それも馬耳東風・馬の耳に念仏でまるっきり自分は悪くないと思っているようでした。
 一家の主として家を建てるというのは人生の夢でもあります。しかし、それも粉々に粉砕されて、残ったのはむなしい現実だけでした。それからしばらくして、私の両親が、アパートを訪ねてきて、「私たちのことで、あなたたち夫婦にいやな思いをさせてごめん。」と謝りにきたのでした。しかし、私の両親が私たちに何か悪いことをしたわけでもないのに、謝りに来るなんておかしい。私はそう思ったのですが、私の両親が、私達家族が少しでもうまく行ってほしいと思うから、こうやってわざわざ時間を割いてまでやってきたのだと思うと、私は両親の話を静かに聞いているしかできませんでした。そして、両親が帰った後に元嫁は勝ち誇ったように、「ほら見て、私に対してやましいところがあるから、とりあえず謝っておこうかって感じで、謝りに来たんじゃない?」というので、私は「お前な、どこの世界に自分の両親を悪く言われて喜ぶ子供がおるよ。お前がそこまで言うんじゃったら、俺もはっきり言わせてもらうけど、お前を母親代わりに育てた小野田の叔母さんは何なんか。息子の誕生日に祝いのひとつでもよこしたか。何にもしてくれてないじゃん。ほったらかしじゃん。全然息子の様子を見に来ようともせんし、電話のひとつもかけてこんじゃん。お前の一族のほうがよっぽど滅茶苦茶なんじゃないのか」というと、さすがの元嫁も黙り込んでました。私の両親や姉夫婦や妹は、息子が遊びに行くといつも抱っこしたり、遊び相手になってくれたりしてくれてました。息子のことを全然可愛く思っていないという元嫁の言葉はまるっきり的外れなんだと繰り返し言い聞かせても、全然聞く耳を持とうとさえしなかった基嫁でした。