sakura542gouのブログ

日々思うこと色々書いてます。今年は空と結婚し、新たな生活が始まりました。

離婚闘争記

私の人生回顧録離婚調停編

第5回目の離婚調停は、ゴールデンウィークが明けた五月半ばに行われました。息子の太ももに残されたひっかき傷の写真をもって、私は裁判所に向かいました。そして、その写真を調停員さんに見せて、「息子は「お母さんに引っかかれた。お母さん嫌だ」と言って…

私の人生回顧録離婚調停編

4回目の離婚調停が終わって、仕事の期限付き応援に伴う異動や、調停の時のプレッシャーなど、常に強いストレスを感じていた私。体全体を覆う疲労感と、繰り返される下痢。本当、この時の体調は満身創痍といった感じでした。応援で移動した先の職場は夜勤があ…

私の人生回顧録離婚調停編

4回目の離婚調停を終えて、調停員さんの心情も「元嫁に子供を任せるのはどうも危険なんじゃないか」という風潮に傾いていったようです。私としては、一刻も早く離婚調停を終わらせて、仕事にも専念できる環境を整えたいという思いもありました。元嫁がなかな…

私の人生回顧録離婚調停編

息子の入学式を終えて、家に帰った私。息子も支援学校の中学部に入学して、一回り大きくなったような気がしました。 そして息子の入学式の余韻に浸る間もなく4回目の離婚調停が4月半ばに行われました。元嫁は私が子供たちの住民票の異動禁止措置を取っていた…

私の人生回顧録離婚調停編

春休みが終わって、それぞれ新しい学校・学年に進学した子供たち。息子は総合支援学校・次男は地元の小学校の3年生になった2010年4月。息子の支援学校での入学式が行われるということで、私は休みを取っていくことになりました。この時は、子供たちは元嫁と…

私の人生回顧録離婚調停編

私が子供たちの住民票の異動禁止措置を取っていることに対して抗議の電話をかけてきた元嫁。たしかにこのままでは住民票の異動が出来なくて困るだろうなと思いましたが、私も今まで元嫁からされてきた酷い仕打ちを考えると、困ってます→無条件で異動禁止措置…

私の人生回顧録離婚調停編

息子の卒業式も無事に終わって、三月下旬を迎えたある日、いよいよ借家の退去期限が迫ってきていて、元嫁と子供たちは新しいアパートに引っ越すことになってました。 元嫁が子供の住民票の異動禁止措置を取っていたので、私も対抗措置として、子供たちの住民…

私の人生回顧録離婚調停編

私が小学校を卒業する子供たちに行った特別課外授業が終わって、数日後に小学校の卒業式が行われました。息子が通っていた学校は、小規模校なので、卒業式には、在校生も全員出席し、在校生と保護者皆で卒業生を迎えて卒業式が始まるという手順になっていま…

私の人生回顧録離婚調停編

3月の第3回離婚調停を終えて、私は息子が6年間お世話になった小学校の同級生のみんなにお礼がしたいと申し出て、皆に生命が宇宙の中でどのように誕生し、進化してきたのかを”課外授業”という形でお話をすることになりました。私がこの課外授業を通して皆に訴…

私の人生回顧録離婚調停編

第三回目の離婚調停が終わって、山口家裁を後にしようとした私。それを元嫁が呼び止めて言った一言に、私は‼はブチ切れそうになり、あわや”場外乱闘”になるかと思いました。元嫁が言ってきたのは、私が元嫁が息子に対して言い放った数々の暴言や身体的暴力・…

私の人生回顧録離婚調停編

2回の離婚調停を終えて、私の必死の訴えにも拘らず、離婚調停は元嫁有利という形で進んでました。このような私にとって不利な形成を何とか逆転させようと、ICレコーダーに録音されていた、元嫁が息子に対して浴びせかける罵声・背中やお腹を蹴ったときの「ド…

私の人生回顧録離婚調停編

元嫁の方に調停員さんの心情が傾いている。そう思った私は危機感を募らせ、元嫁が行った非道・非常識極まりない言動や行動の証言を得るために、大家さんをはじめ、いろんな人から書面に書いてもらい、後日それを受け取るという形で回収し、第2回目の離婚調停…

私の人生回顧録離婚調停編

1回目の離婚調停を終えて、どうも調停員さんの心情が元嫁に傾いていると感じた私。元嫁の「狭心症を抱えていて、仕事もできないのに放り出された」「私は家族のことを第一に考えていた」などという話術に調停員さんの心情も流されたのではないかと思います。…

私の人生回顧録離婚調停編

元嫁が起こした離婚調停の裁判へ出廷するため、山口家庭裁判所に出向いた私。いろいろと事前に準備をしていても、やはり離婚調停となると、相手がどのような主張を展開するのか、読めない部分もあって、かなり緊張して調停の場に臨んだのを今でもはっきりと…

私の人生回顧録離婚調停編

次男の居場所がようやくわかり、再開できたことでようやくホッとすることが出来た2009年の年末。息子も私たちがバタバタしているので、どことなく落ち着きがなかったんですが、私たちが落ち着くと、息子も自然と落ち着きを取り戻してました。 年が明けて、離…

私の人生回顧録離婚調停編

元嫁が行方をくらまして、警察に捜索願を出して、ようやく居場所が分かった12月27日。次男を道連れに無理心中を図ったのではないかとか、いろいろと悪い予感が頭の中をかけめぐりました。次男が無事だったことでようやくホッとできた私たち。両親も「無事に…

私の人生回顧録離婚調停編

元嫁と次男の行方が分からなくなって防府警察署に行って、捜索願を出した私たち。元嫁は生きていようが死んでいようがどうでもいいんですけど、次男が今どこにいて、何をしているのかがわからなくて、正直焦りの色がにじみ出ていました。捜索願では元嫁の住…

私の人生回顧録離婚調停編

元嫁との別居生活がスタートし、迎えた正月休み。私は子供たちの荷物を取りに、防府の借家に車を走らせました。この時、私が取り上げていた元嫁の携帯電話には、もう用事はないと思っていたので、元嫁に手渡しておきました。 私が別居を始めた12月17日、この…

私の人生回顧録離婚調停編。

私が元嫁との暮らしに決別し、実家に戻って迎ええた最初の夜。寝付こうにも、なかなか寝付けずにいろいろと考えていました。子供たちが寂しい思いをしていないだろうか・これで本当に良かったんだろうかetc…。いろんな思いが頭の中をかけめぐってました。そ…

私の人生回顧録離婚調停編

元嫁が帰った後、子供たちは何も知らずに、気持ちよさそうに寝息を立てていました。これから夜が明ければ、子供たちは「親の離婚」という辛い現実に直面するわけで、特に物分かりの良い次男にとっては、非常につらく悲しい思いをさせてしまうのが、非常に心…

私の人生回顧録離婚調停編

元嫁に離婚を突き付けた私。もう私が元嫁と暮らす気がないと悟った元嫁は、自転車をこいで息子の同級生で、離婚経験のある実重という女のところに向かったようです。私が離婚を突き付けたことによって、どうしたらいいのか話を聞きに行ったんだろうと思いま…

私の人生回顧録離婚調停編

小野田の叔母に離婚の意思を伝えてからおよそ2カ月後の12月17日。この日は私は仕事が休みで、18日にクリス マスパーティーを実家ですることになっていたので、子供たちが学校から帰ってくると、制服から普段着に着替えさせて、2泊分のお泊りの用意もさせて、…

私の人生回顧録離婚調停編

叔母のところに離婚する意思をはっきりついたえて、いくらか気分的にもすっきりとした私。私が離婚に向けた意思が揺るがないと悟った叔母は「もうこれ以上あんたらの起こす騒動に巻き込まれる伊野はごめんじゃからね」そういう捨て台詞を吐いて、私を見送っ…

私の人生回顧録離婚調停編

2009年10月の終わりの月曜日の朝、私は有休を使って休みを取りました。その理由は、元嫁の育ての親である小野田の叔母に離婚の意思を固めて、もう後戻りができないところまで来ているということを伝えるためでした。小野田の叔母にも一切連絡を入れずに行っ…

私の人生回顧録離婚調停編

大家さんに家の明け渡しを求められ、半年後には家を出なくてはならなくなった私たち。これを機会に離婚を考えているとは考えてもなかった元嫁は、あちこちの不動産屋さんを見て回っては、「どこの地区に築何年の家があって、何万円で借りられる」 など、そう…

私の人生回顧録離婚調停編

子供たちの夏休みが明けて、2学期がスタート。息子にとっては小学校では最後になる運動会が行われました。兄弟そろって出場する最後の運動会。子供たちは楽しみにしていたようで、用意が済むと、私と子供たちが登校班のみんなが集まる近所の神社へ集合。皆が…

私の人生回顧録離婚調停編

2009年8月になると、私は離婚の意思を固め、その前段階として、離婚に関するハウツー本を図書館などに出かけて読み漁ってました。離婚前にしておかなければならない準備や、親権について、または財産分与などいろいろと情報を集めてました。 私は元嫁から数…

私の人生回顧録離婚調停編

2009年7月22日。夏休みに入ってすぐに種子島・屋久島地方から、日本の太平洋沿岸・南太平洋を経てアメリカ西海岸近くまで達する皆既日食が見られました。私と子供たちは皆既日食のみられる地域まで遠征する時間的・経済的な余裕がなかったので、防府市内の私…

私の人生回顧録離婚調停編

大家さんと車の件で揉めてからは、元嫁と大家さんの関係はますます悪化の一途をたどりました。私たちが住んでいたところは、大家さんの親せきやご兄弟の方々が多く住んでおられたので、大家さんから元嫁に関する黒いうわさがどっと流れたみたいです。その中…

私の人生回顧録離婚調停編

2009年ゴールデンウィークが終わり、6月に入り梅雨入り間近という時期に、有給で仕事が休みの時に、大家さんがちょっと怒った顔をして家にやってきました。「ご主人、ちょっと話があるんですけどいいですか?」というので、大家さんの話を聞いてみました。な…